アイアムアヒーローにまつわるエトセトラ

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汗についての考察 << [考察一覧] >> 二人は名コンビ

対称性とその破れ
 [目次]
 1章. なにが対称なのか
 2章. 性格の対称性 [準備中]
 3章. 物語の対称性
 4章. 心の傷の対称性 [準備中]
 5章. 対称性が示すもの [準備中]



1章. なにが対称なのか
『アイアムアヒーロー』という作品に、これほどの迫力とパワーを与えているのものはいったい何なのだろうか。

非現実的でありながら、現実と陸続きの存在にしか見えないゾンビの造形力、魚眼レンズ構図・コマ落とし描写など映画的手法の数々、大胆な見開きページの惜しみない投入、写植自体のデザインによる異形化の表現、それらの点がまずあがるであろう。

だが、決して見落としてはならないのが、物語全体を支える構成力の素晴らしさである。構成美と言っても過言ではない。

物語全体と書いたが、連載が第51回まで進んだ現在(2010年9月4日)、物語はようやく序章の終わりにさしかかったところと思われる。

だがその序章部だけを見ても、細部まで入念に計算された構成の美しさは明らかであり、同時にそれが、中盤以降の物語の進む方向を示すものになっている。

この構成美の特徴を端的に言えば、「対称性」、にある。英雄、比呂美、二人の主人公をめぐるストーリーが綺麗な対称構造をなしており、二人の性格もまた、対称形である。

この物語には、特に一巻において、細部に渡って伏線が張り巡らされている。もちろん、その伏線も物語の重要な構成要素である。だが、細部に目を奪われるあまり全体の構成を見落とすならば、逆に細部の理解自体が困難になる。この漫画は、そういう作品である。

本作の序章においては、以下の物語が、二度繰り返される

 ・主人公の登場。
 ・主人公にとってかけがえのない人物の描写。
 ・主人公が、初めてゾンビと遭遇する。
 ・かげがえのない人物のゾンビ化と、主人公によるその殺害。
 ・それによって負う主人公の心の傷。
 ・ゾンビからの逃走。
 ・逃走の末の精神の高揚、そして束の間の休息。
 ・閉鎖空間におけるゾンビの増殖とそこからの脱出。
 ・自動車での逃走と移動。
 ・休息。深夜の樹海での苦悩と恐怖。。

この物語の骨格が、最初は英雄を主人公に、次に比呂美を主人公として繰り返される。

もちろん、対称といってもそれが終始貫徹しているわけではない。まず当たり前のことであるが、英雄は男であり、比呂美は女である。また、第一の物語では英雄のみを中心に話が進むが、第二の物語では、比呂美のそばに英雄の存在がある。

また、ストーリー上、対称性が成立しない部分や、表現効果のため、あえて「非」対称になっている部分もある。それらのうちのいくつかは、「対称性の破れ」として記載したい。

本考察では、まず第二章で二人の性格の対称性について述べ、次の第三章でストーリー全体の対称性について述べる。

ストーリーの中でも、二人がかけがえのない人物を自らの手で殺め、心の傷を負うまでの流れは、その対称性が特に際立っており、細かいプロットに至るまで、精緻に計算され配置されている。そのため、「心の傷」の部分については、独立して第四章とした。

最後の第五章で、この対称構造が示す、物語の今後の方向について予想してみる。

なお、各章では、それぞれの節における対称性の成立具合に応じ、それぞれの表のタイトル部分を、
 対称 
やや非対称
 破れ 
と色分けする。


[目次] [3章. 物語の対称性]

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