アイアムアヒーローにまつわるエトセトラ

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ZQNについて << [考察一覧] >> ZQNの起源

比呂美と紗衣についてのいくつかの考察

英雄が徹子に対して抱いたのと同様に、比呂美も紗衣に対して愛憎入り混じる複雑な感情を抱いていました。いくつかのエピソードをもとに、二人の関係について考察してみたいと思います。


[目次]

1. 包帯 [Topへ]
変わり果てた姿で樹海の中に登場した紗衣の顔には、口の周りに包帯が巻かれていた。この包帯は、元はおそらく彼女の手と指に何重にも巻かれていたものだろう。では誰がこの包帯を紗衣の顔に巻いたのだろうか?

連載時に読んだとき私は、紗衣がZQN発症したときに、周りの級友や教師が、暴れる紗衣を取り押さえ口に巻いたものだろうと推測した。またネット上では、紗衣と可奈子との争いで可奈子がもらした「せいげい(整形)」という言葉を捉え、ZQN発症後、顔の崩れることを恐れた紗衣が自ら巻いたもの、という推測も存在している。

真実はどこにあるだろう?それを考えるために、一歩退いて、この作品全体の構成を見てみたい。

「対称性とその破れ」で記述したとおり、本作の序章(1章〜54章)では、英雄と徹子との関係と、比呂美と紗衣の関係が、対照的に、繰り返して描かれる。特に徹子(紗衣)ZQN発症からその死を迎えるまでのそれぞれの過程は、精緻に対称性を持ったエピソードを配して描かれている。

詳しくは後日「対称性とその破れ」の四章としてまとめる予定だが、ここでは、以下にその概略を示してみたい。

徹子と英雄紗衣と比呂美

(1)ZQN発症前
徹子には、英雄との関係を修復したいという切迫した想いがあった。 紗衣には、比呂美との関係を修復したいという切迫した想いがあった。

(2)発症前後
関係修復の障害となっていた中田コロリとの関係を断とうとと、コロリの単行本を紐でしばり、処分しようとした。 関係修復の障害となっていた取り巻きとの関係を断とうと、可奈子を斃した。

(3)衝撃の再登場
ZQN発症後、英雄に気づいた徹子は、四つんばいで英雄に迫ってくる(このシーンは英雄視点で4連続見開きページで描かれる)。 ZQN発症後、比呂美を見つけた紗衣は、逆四つんばいで比呂美に迫ってくる(このシーンは紗衣視点で4連続見開きページで描かれる)。

(4)思いやり
自分の中の制御不能の攻撃衝動で英雄を傷つけることを恐れた徹子は、ドア枠を噛んで自ら歯を抜いた。

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(5)メッセージ
徹子はなんども「ひでおくんだいすき」と繰り返す。 紗衣はメッセージを伝えようとするが、包帯が邪魔をして喋ることができず、ジェスチャーでそれを示した。

(6)噛ませる
英雄は徹子をなだめようと、ティッシュを噛ませた。 比呂美は紗衣をなだめようと、木の枝を噛ませた。

(7)隠す
英雄は自分の帽子をかけ、徹子の顔を隠した。 比呂美は自分のカバンをかけ、紗衣の顔を隠した。

(8)戦い
徹子は英雄を襲おうとした新聞配達員に戦いを挑む。 紗衣は比呂美を襲おうとした加奈子に戦いを挑む。

(9)とどめ
徹子は手足を欠損しながらも新聞配達員を倒し、上あごを外すことでとどめを刺した。 紗衣は下肢を欠損しながらも加奈子を倒し、上あごを外すことでとどめを刺した。

(10)激昂
徹子の漏らした「中田さんすごい」の言葉に激昂し、英雄は包丁を振り上げる。 紗衣のもらした「フケ」の言葉に比呂美はわれを忘れ、英雄に銃を借りて撃とうとする。


こうして対比すると、包帯の持つ意味は明らかであろう。上の一覧の(4)の欠落部分を埋めるもの、それが紗衣の口に巻かれた包帯にちがいない。

紗衣の中には、比呂美にメッセージを伝えたいという切迫した想いがあった。同時に、自らの体内から湧き上がってくる得体の知れない攻撃衝動によって、比呂美を傷つけてしまうのではないかという恐れがあった。

包帯は、比呂美を守るために紗衣が自ら顔に巻いたものにちがいない。しかし皮肉にも、その包帯のために紗衣は伝えたいメッセージを発することができなかったのである。
[71話現在 2011/04/12]


2. 紗衣ちゃん? [Topへ]
第4巻36話、樹海の中からZQNとなった紗衣が登場したシーン。

比呂美は「紗衣ちゃん?」と、即座にそれが紗衣であることを見抜いた。紗衣の容貌は変わり果て、迫ってくる体勢も異様である。いくら級友とはいえ、即座に見抜くのがむしろ不自然なほど変貌した姿だ。

なぜ比呂美は即座に紗衣を見抜くことができたのか。

この少し前、第35話で比呂美は、首吊りZQNが欲するものを見抜き、彼のザックから取り出した家族写真を手渡した。今回もまた、比呂美はその高い洞察力を発揮したのであろうか。

否、実際のところ、比呂美は決して洞察力が高いキャラクターではない。首吊りZQNのエピソードは、むしろ登場時の彼女を印象付けるための誇張したエピソードで、その後はむしろ、比呂美は、鈍いとまではいかないまでも、時に人の気持ちを察することができないキャラクターとして描かれていく。それではなぜ比呂美は、異形の姿を見てもなお即座にそれを紗衣だと見抜いたのか。

それは比呂美が、前の夜からまんじりともせず紗衣のことを考え続けていたからに他ならない。

彼女の目の下のクマが、比呂美が眠られない一夜を過ごしたことを示している。そのあいだ比呂美はひたすら紗衣のことで悩み続けた。一時も紗衣のことが頭から離れなかった。だからこそ、どのように変わり果てた姿であっても、即座にそれを紗衣にキャストすることができたのだ。

この前々日、つまり林間学校で富士吉田市に来る日の前日に、比呂美にとって心躍るできごとがあった。

母の入院や級友からのイジメに苦しんでいた比呂美はその日、体育の運動靴を隠される。落ち込み、級友への憎しみを抱きながら、母の見舞いのため早退して下校する比呂美を、紗衣が追い、話しかけてきたのである。

クラスの中心人物であり、比呂美へのイジメの中心人物でもあると目していた紗衣が、比呂美にやさしく話しかけてきたのである。紗衣は明らかに比呂美に心を寄せて来ようとし、同じ趣味について語り、比呂美の境遇についても思いやりをみせた。

リストカットに追い込まれるほどイジメに苦しみ、クラスで孤立していた比呂美にとって、紗衣の接近は望外の喜びであっただろう。

ところが次の夜、林間学校の宿舎では紗衣の態度は一変した。少なくとも比呂美にはそう思えた。せっかく紗衣の怪我を心配する比呂美に対し、フケを指摘して可奈子たちをけしかけ、三人で共謀して比呂美を樹海へと追いやった。少なくとも比呂美にはそう思えた。

普通の女子高生であれば、これはとても受け流すことのできないできごとである。比呂美は普通の女子高生として、強く煩悶したはずだ。紗衣の真意をはかりかね、感情は揺らぎ、憎しみを覚えたはずである。

もちろん、目の前の「自殺志願者」のことを気にかけなかったはずはない。気にかけていたからこそ、一晩中、英雄のそばを離れなかった。最初に英雄を見つけたとき、あるいは英雄が寝入ったあと、宿舎に助けを呼びに戻るという選択肢を取らなかったのも、その間に英雄が自殺を決行するかもという危惧ゆえであったただろう。

また、英雄が暗闇の中で煩悶し、つぶやいた言葉に心を動かされたことも間違いない。しかし、結局のところ、この時点では比呂美にとって英雄は、感情の関わりのない赤の他人である。それも、自殺に来てまで「まんこ数え唄」を歌うような変なオジさんである。比呂美にとっての最大関心事は別のところにあった。

前の晩から一晩中、紗衣のことで思い悩み続けていた比呂美であったからこそ、どのように変容した姿であろうと、紗衣を見誤ることはなかったのである。
[70話現在 2011/04/11]


3. フケ [Topへ]
「比呂美ちゃん、フケ多いよね」「比呂美ちゃん、空気読もうよ」。この言葉でもっとも傷ついたのは、ほかならぬそれを発した紗衣自身であった。



「フフ…フ、フケ、フケ」。第40話107ページ、英雄と比呂美によって病院へと引かれていく紗衣は、彼女を包み込んだ上着の中でうわごとのようにつぶやく。

このつぶやきは、すでに何かを伝えようとするための言葉には思えない。悔恨の念とともに頭の中で何度も繰り返された彼女自身の言葉が、薄れていく意識の中で再度リフレインされたものにすぎないだろう。

ZQN化した人間の精神活動は極度に低下する。思考や意識は途切れ、情動によって支配される。わずかに正常だった頃の思念が残り、それが言葉となって発せられる。

それではどのような思念が残るのだろうか。それは、大きく以下の二つにわけることができる。

その人の執着していた、あるいは習慣となっていたものや考え。
ZQN化直前に頭を支配していたものや考え。

前者の例は、たとえばタクシー運転手田村政和の場合、彼の溺愛する孫や娘への思いの表れた「さんにんでいっしょにすんで」というセリフであり、後者には彼の「おきゃくさん、どちらまで」や「おきゃくさん、りょうきん…」が該当する。

ZQN化直前まで冷蔵庫でメロンの冷えるのを待っていたか、あるいは宅急便で届くのを心待ちにしていたであろうメロン姐さんの「メ・ロ・ン」も後者の例である。

そして、言うまでも無く紗衣の「フケ」も後者に属するものだ。第32話、宿舎の夜で紗衣の発した「比呂美ちゃん、フケ多いよね」のセリフが、彼女自身の心に引っかかっていたのである。

それでは、どうしてこのセリフが彼女の心に引っかかっていたのだろう。そもそもこのセリフは、どういう意図を持って発せられたのだろうか。比呂美をイジメるために、悪意を持って発せられたのだろうか?

紗衣の「フケ」のセリフの意図を探るためには、さらに一日さかのぼったところから紗衣の心をたどってみる必要がある。

林間学校に来る前の日の土曜日、早退する比呂美を見かけた紗衣は、自らも教室を飛び出し、比呂美を追う。傘を触れ合わせることから端緒を開いた紗衣は、懸命に比呂美と心を通わせようとする。その気持ちは一直線であり、比呂美との仲を改善したいというストレートな思いであった。

虹の踏み切りで比呂美とのコミュニケーションを復活させた紗衣にとっての次の課題は、クラスで孤立していた比呂美と、ほかの級友とのコミュニケーションも復活させることであっただろう。

しかしそれは簡単なことではない。紗衣はクラスで一応はリーダー的地位を確保していた。しかし、比呂美が語った「私たち…誰も仲良くないから」というセリフからわかるように、その地位は決して磐石なものではない。事実、可奈子と紗衣は内心たがいに嫌悪しあう仲であった。

彼女の地位は、人望ゆえの地位ではなく、おそらくは親の地位や恵まれた容姿ゆえのものであり、微妙なバランスの上になりたっていた地位にすぎなかった。

その関係のもと、紗衣自身がどれほど関わっていたかは不明だが、紗衣の取り巻きは、あきらかに比呂美へのイジメを行っていた。もしこの状況で紗衣が一方的に比呂美に肩入れすれば、確実に自身の地位を危うくする。紗衣自身も、いまの比呂美と同じ立場に立たされるかもしれない。

自らの地位を保ちながら、比呂美を他の級友と和解させる。自分の取り巻きと、比呂美とのコミュニケーションを復活させる。比呂美に対するイジメはブロックしたい。しかし急に仲良くするわけにはいかない。徐々に比呂美と周りとのコミュニケーションを復活したい。そういう考えが紗衣の中にあったであろう。

そのための一つの方策は、比呂美を「いじる」ことである。比呂美を軽くからかうことでコミュニケーションのきっかけとし、周囲との関係改善を図っていこう、そういう思惑が紗衣の中にあったのではないか。具体的にそのこまで考えていたわけではないにしろ、漠然とそういう思いが紗衣の中にあったと考えれば、林間学校での紗衣の言動を、林間学校前日やzqn化後の紗衣の言動と、矛盾無く捉えることができるようになる。

37話、175ページ。比呂美の取り出したティッシュを見た可奈子が、いかにも底意地の悪い態度で比呂美のモノ真似をする。「あっ、いやいやぁ」。困惑してうつむく比呂美。そこで紗衣が割って入ってきたのは、明らかに比呂美に助け舟をだすためだ。

もともと可奈子を嫌っている紗衣である。その可奈子が比呂美をいじめることを、紗衣が不快に思わないわけがない。だが、上述の通り、紗衣の中ではここで一方的に比呂美の肩をもつわけにもいかないという計算も働く。中立的なからかいの言葉でイジメを緩和しようと、とっさに紗衣の口をついて出た言葉こそが「フケ」のセリフの真意であっただろう。

しかし紗衣の思惑は大きく外れる。

誤算の第一は、比呂美の心はすでに、軽いからかいに耐えるほどにも強くはなかったことである。イジメにより追い詰められ、疲弊し硬直していた比呂美の心は、軽いいじりすら受け止める余裕はなく、紗衣の言葉にさらに傷つくしかなかった。そして紗衣も、自分の言葉が比呂美の心にどう響いたが、すぐに悟ったはずである。「フケ」の言葉は諸刃の剣となり、紗衣自身の心をも傷つけた。

誤算の第二は、女王の詔勅を得たと思った二人の同室者が、ここぞとばかりに紗衣のからかいに乗ってきたことである。追い討ちをかける二人の言葉に、比呂美は消え入るような声で「わたし…感想肌だから…」と必要もないいいわけをするしかなかった。

ここで紗衣が「比呂美ちゃん、バッグからファンデを取って」と命じたのは、一見、比呂美を小間使いにするような傲慢な態度に見える。だが、もちろんこれも、自分が追い詰めてしまった比呂美へ、再度の助け舟をだしたものであった。

さて、ある意味自分のまいた種ともいえなくはないが、紗衣にとって、可奈子の度重なる比呂美への嫌味こそ許しがたいものであったはずだ。笑顔の下で、紗衣の心には可奈子に対する怒り、憎悪がわいていたことは想像に難くない。

おそらくこの瞬間に、紗衣の心の中で、取り巻きとのバランスを保ちつつ比呂美と和解するというスキームは、取り巻きの方を切り捨ててでも比呂美をとる方向へと変更されたのではないか。少なくとも、可奈子との関係を断ち切る決意をしたはずである。

なぜなら、このあとすぐ紗衣は「きもだめし」を提案する。唐突すぎるこの提案は、可奈子を標的とし、可奈子を樹海へ追い出すことを目的としたものであったにちがいない。

しかしこれは、何の準備も作戦もない提案であった。前回の、可奈子を嵌めてニガリ入りペッパーを飲ませたイタズラの成功体験が脳裏にあって、とっさに思いついた提案であったが、可奈子が同じ轍を踏むはずもなく、逆に、紗衣が比呂美を誘ってる間に、回避策を講じられてしまう。そしてうかつにも紗衣もその策に乗ってしまう。

比呂美は当然ながらゲームの結果に異議を唱えるが、可奈子たちがそれに応じるわけがない。コミュニケーションを復活させるどころか、むしろ比呂美と級友との仲は破局を迎えようとする。

ここで、一瞬考えてから紗衣の言った「比呂美ちゃん空気読もうよ」のセリフは、破局を回避するための苦渋の提案であった。計算違いとはいえ自ら追い込んでしまった比呂美へ、ここは折れてほしいという懇願であった。もともと可奈子の策略は、自分が可奈子を嵌めたのと同じ手口である。比呂美の立場に立って反論することはできない。

ここは一度比呂美に部屋を出てもらい、ちょっと外をぶらぶらして戻ってきてくれればいい、そんな思いからの提案であり、懇願であっただろう。

自ら発した「フケ」と「空気読もうよ」のセリフに、もっとも傷ついたのは紗衣自身であった。そのセリフは、比呂美が部屋を出たあと、なんども後悔と自責の念とともに頭の中で繰り返されたに違いない。そして、zqn化したあとの紗衣の頭の中に残る思念となった。

英雄と比呂美に引かれ、四散五分した意識の中で紗衣がつぶやいた「フケ」の言葉。その言葉に込められた紗衣の想いは、すでに悔恨ですらなく、失われてしまったもの、壊れてしまった大切なものへの想いだけであっただろう。

傘の触れ
[71話現在 2011/04/17]

4. 靴 
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Wikipediaの「アイアムアヒーロー」の項目では、Wikiped比呂美の靴隠しについて主犯が紗衣、可奈子が共犯であり、紗衣が可奈子を引きずって来たのは、比呂美に謝罪させるためだった、という解釈が示されている。以下に二行、同ページより引用する(カッコ内は著者追記)。
  • 「...自分(紗衣)靴隠しの張本人であったことを謝罪の意味で告白するような行動を見せる...」
  • 「…発症後、(可奈子は)比呂美のところまで紗衣に引きずられて来たが、比呂美の靴隠しの共犯であったことを一緒に比呂美へ謝らせる為に連れて来られたと思われる…」
根拠が一切明示されていないので、なぜWikipedia編集子がその解釈に至ったのかは不明だが、確かにこの比呂美の靴隠しのエピソードは、解釈が分かれるところであろう。物語の描写があまりに断片的でありながら、登場人物の行為の動機付けになるような重要な出来事が黙示しかされていないからだ。おそらく後世の研究家にとっても悩みどころとなるエピソードとなるにちがいない。

私の(当サイトの)解釈は、
  • 靴隠しの犯人は可奈子、もしくは可奈子を含む少数犯。紗衣は一切関与していない。
  • 紗衣が靴隠しの犯人を知ったのは、比呂美が樹海へと追いやられたのち、可奈子から聞かされた。
  • 紗衣が比呂美の靴を隠された事実に関しては、前日土曜日に一緒に帰宅したとき、比呂美から聞かされていた可能性が高い。
  • 紗衣が可奈子を引きずってきたのは、取り巻きとの関係を断ち切ったことを比呂美に示すため。
というものである。

根拠は次の四点。
  • (1)靴が隠されていた(?)場所からの判断
  • (2)作品の構成からの判断
  • (3)紗衣の行動からの判断
  • (4)比呂美の言いかけた台詞
以下に詳しく述べる。

(1)靴が隠されていた(?)場所からの判断。
「?」をつけたのは、比呂美の靴がこの場所、体育館の屋根の端の部分に意図的に隠された、というより、おそらく地上から無造作に、乱暴に投げ投じられた靴の片方(右足)が、たまたまこの場所に引っかかったものであろうからだ。

体育館の屋上(おそらく屋根)の上に出るのは簡単ではないだろうし、側壁をよじ登るというのはそれ以上にありえない。靴は、地上からえいやっと投げ上げられたものであろう。であるならば、その行為をしたのは紗衣より可奈子である可能性がずっと高い。

体育館の屋上は、通常、10メートル以上の高さがある。運動靴をこの高さまで投げ上げるにはそれなりの投擲力が必要だ。作品中に、重要なエピソードがある。紗衣に引きずられてきた可奈子がZQN化して立ち上がったとき、たまたま目の前にいた比呂美に対して加えた攻撃は、噛むことではなく、比呂美を背負っていたカバンごとサイドスローで投げ飛ばすことであった。

通常、激しい攻撃衝動にかられたZQNの攻撃手段は噛むことである。一方、ZQNの行動が日常性バイアスの影響を受けることも、作中の多くの描写によって示されている。ここでも、可奈子の普段の強い習慣的行動(=投げる)が、ZQNの一般的行動(=噛む)を上書きしてしまったのだろう。可奈子の日常性バイアスのおかげで、比呂美は命拾いしたとも言うことも可能だ。

おそらく、体格からもソフトボールの投手でもやってるのではないかと思われる加奈子のこの行動は、可奈子が、体育館屋上に投げ上げられた靴隠しの実行犯であったことの裏づけとなろう。

もちろんこの根拠自体は、可奈子が靴隠しの実行犯であったことの示唆であることのみに留まり、主犯/共犯マターに関しては中立である。

(2)作品の構成からの判断
本ページ最初の「包帯」の項でも述べたとおり、本作においては、英雄と徹子を巡るエピソードと、比呂美と紗衣を巡るエピソードは、明確な対称性のもとに配置されている。

紗衣が可奈子を倒したエピソードは、徹子が、英雄との仲との障害になっていたコロリとの関係を断ち切る決意を示すために彼の本を処分しようと紐でしばったエピソードに対応しており、すなわち紗衣と比呂美の仲の障害になっていた取り巻きとの関係を断ち切るための決意を示すものであったはずだ。

であるならば、次に紗衣が比呂美に伝えようとしたメッセージは、徹子が英雄に伝えようとしたメッセージ、つまり愛を伝えるメッセージに対応したものであったはずである。

しかし、実際に紗衣が比呂美に伝えようとしたのは、紗衣の比呂美に対する好意ではなく靴についてであった。顔にまいた包帯のために、紗衣はそのメッセージを口にすることはできなかったが、その直後に比呂美の脱げた靴を拾い、ジェスチャーで示した行為からも、それが靴のことであったのは明白であろう。

ではなぜ、ここで紗衣の伝えようとしたメッセージが「ひろみちゃんだいすき」ではなく、靴のありかに取って代わってしまったのであろうか。

本ページ「フケ」の章でも記したとおり、ZQN化した人間は情動のみに支配され、わずかに生前に執着していた、あるいは習慣となっていた思念のみが表に現れる。そして、そうした日常性思念が上書きされることがあるとすれば、それはzqn化直前のエピソード記憶が上書きしてしまった場合に限られる。

どう考えても紗衣の伝えようとしていた本来的なメッセージであるはずの比呂美への好意の伝達が、言ってみれば枝葉末節に過ぎない靴のありかに取って代わったことから推測すれば、紗衣の靴に関する記憶は、紗衣のZQN直前の出来事に基づくものでなければならない。

すなわち、紗衣が、比呂美の靴隠しの犯人、靴が隠された場所を知ったのは、紗衣のZQN化の直前、比呂美が宿舎を追い出された後、という結論に至る。

したがって紗衣は、靴隠しの主犯ではありえない。

(3)紗衣の行動からの判断
この項で述べる根拠は、どちらかというと私個人の主観に拠るものである。主観ではあるが、私の中では最大の根拠となるところでもある。

第37話。教室の窓から早退する比呂美を見かけた紗衣は、あわてて身支度をし、鞄を持って教室を飛び出す。校門を出たところで、数十メートル先に比呂美の後姿を捉え、早足で比呂美を追った。追いついたところで紗衣のかけた声に、ヘッドフォンをしていた比呂美は気がつかない。紗衣は、おずおずと傘を触れ合わせる。

このあわてふためいた、抑制の効かない行動は、決して女王様がしもじもに接するときの態度ではない。むしろ内気な、しかし思いつめた少年が、恋する少女に告白するときのそれである。

なぜ紗衣がこのとき、ここまで切迫した行動に出たのかは、物語の中では語られていない。これからも語られることはないであろう。なにかきっかけとなるような出来事があったのか、あるいは紗衣の中で積もっていった想いが臨界点に達したのか。それは読者が推測するしかない。

いずれにしろこの、必死に比呂美とのコミュニケーションを取ろうとする紗衣の態度の裏に、靴隠しの犯人を知っていながら、それをとぼけて済まそうとする心理があるとは思えない。まして、靴を隠した上で比呂美の反応を伺うというような、底意地の悪さを読み取ることは、私にはできない。

(4)比呂美の言いかけた台詞
37話、回想シーンの最後で「あの、、」と言いかけた比呂美は、何を紗衣に語りかけようとしたのだろうか。

RADWIMPSの曲の歌詞にことよせ、靴隠しの犯人、おそらくは誰であるか目星のついている犯人にたいする呪詛の言葉をつぶやいていた比呂美。

また、担任に「かなり歩くから、運動靴、忘れんなよ」と言われながら、結局翌日の林間学校には、盗まれた運動靴の代わりを用意できず、通学用のローファーシューズで樹海を走り、結果として転倒し、そのシューズを紗衣に拾われることになった比呂美。

踏み切りで比呂美が紗衣に尋ねようとしたのは、早退の帰路、ずっと脳裏を占めていた靴のことであった可能性が高いだろう。

二人の会話は、目の前に見えた虹によって中断するが、会話が続いたとするなら(続かない理由はない)、紗衣は、比呂美の母が入院しているという境遇とあわせて、比呂美が明日の林間学校に持っていく運動靴を無くしてしまったことも知ったはずである。比呂美が、その運動靴を体育館の屋上に見つけたことまでは告げなかったにしろ、である。


比呂美が可奈子の計略にはめられ、部屋を追い出されたあとの宿舎で、紗衣は一人後悔と憤怒の思いにかられていた。

「フケ」発言で比呂美を傷つけてしまったことへの後悔と、自分がはめようとした可奈子にうまく立ち回られ、比呂美を樹海へ追いやらざるを得なくなったことへの怒りである。

その紗衣の前で可奈子が、比呂美の靴を盗み、体育館の屋根へと放り投げたことを手柄話のように語る。紗衣の怒りは頂点に達し、極度の興奮が、紗衣のzqn症状を一挙に加速した。

同室者を倒し、なかば混濁した意識の中で紗衣は鏡の前にたち、手の包帯をほどき、顔に巻き直した。

前日、比呂美の姿を追って校門を出たときと同様、比呂美の姿を追うため、紗衣は宿舎を出て深夜の樹海へと向かった。

[73話現在 2011/04/28]

5. 信頼 [Topへ][準備中]
比呂美が疑わなかったこと…



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