アイアムアヒーローにまつわるエトセトラ

dot  トップページ
dot  作品について
dot  登場人物
dot  ストーリー
dot  名台詞・名会話集
dot  時系列
dot  マップ&ビュー
dot  FAQ
dot  話題
dot  考察
dot  単行本・雑誌情報
dot  履歴
dot  管理人 twitter
dot  管理人 ブログ

 There're counter ZQNs

ZQNの起源 << [考察一覧] >>対称性とその破れ

汗についての考察
 [目次]
 
1. 荒木の汗
 2. 少女の汗



1. 荒木の汗    [トップへ]
最初に、私(管理者)は漫画の作画に携わったことは(小学三年生のときに漫画部に所属していた(笑)ことを除いて)一度も無く、漫画の技法に関してはまったくの素人であることをお断りしておきます。

以下はあくまで読者としての感想です。

本作品を週刊連載で読んでいたとき、漫画というものはホンの僅かの描写で、いかに多くのことを語るのかと驚嘆したことがあります。三人がショッピングモールに到着してからの66話と69話、特に後者69話を読んだときのことでした。

記号的表現といわれるものが漫画にはあります。落胆や憂鬱さを表す額の斜線、怒りを表す額の血管マーク。内心の焦りや動揺、恐怖を表す汗などです。

前二者、額の斜線や血管マークはギャグ漫画的記号であり、本作品では用いられていません。ZQNの体表に隆起した血管は描かれますが、言うまでもなくそれは写実的表現としての血管です。

一方、記号的表現としての汗は多用されています。本作に限らず、記号的表現としての汗は多用されるあまり、つい読み過ごしてしまいがちですが、ツボにはまった時の「記号」は、数ページにわたる描写や、とうとうとしたモノローグを超える力を発揮します。

荒木の汗 右は第6巻66話の6ページ目の一部です。日時は5月10日日曜日、おそらく14時半頃。

英雄一行が屋上に登って来たのを最初はあからさまに迷惑がっていた田村が、英雄が銃を所有していることを知ったとたん、態度を一変させたシーンです。

田村に歓迎されている英雄の横の荒木の表情が、小さなコマですがアップで描かれており、その頬を一滴の汗が伝い落ちます。


神社編で登場した荒木は、当初はきさくな性格として描かれていました。英雄への接し方は、対等、もしくは英雄に対して一歩引く接し方でした。その態度は、富士編の最後、比呂美が発症した5月5日火曜日朝の時点まで維持されています。

漫画内では、その後日本各地での感染拡大が描かれ、再び物語が三人の元に戻ってきたのは比呂美発症の5日後、5月10日の正午過ぎ、ショッピングモールに向かう車中のシーンからです。

車中での二人の関係は一変していました。英雄に指図し、その優柔不断さをなじる荒木の態度は、二人の間の主導権が完全に荒木に移ったことを示しています。

空白の五日の間に二人の間にどのような葛藤があったのかは描かれていません。しかし、その間に、荒木は少しずつ、少しずつ立場を逆転させていったのでしょう。

荒木が権勢欲の強い人間だと決め付けるのは酷です。荒木が主導権を取るに至ったのは、一つには年長者が自然に身に付けてしまう狡猾さゆえであり、もう一つは英雄の気の弱さに逆に引きずられてしまった面もあるだろうからです。

いずれにしろ結果として荒木は主導的立場に納まっていました。

しかしモール屋上の王国は、若さが優越する世界でした。年長者はそれだけでお荷物扱いです。なにより英雄の持つ銃は屋上で最強となる武器です。一行で歓迎されたのは明らかに英雄であり英雄の持つ銃でした。二人の地位は、一瞬で逆転してしまったわけです。

瞬時にそれを悟った荒木の動揺と落胆を、一滴の汗が見事に描ききっています。


2. 少女の汗    [トップへ]
記号としての汗が、さらに雄弁に多くのことを物語っている例が、69話の9ページ目、二人の少女の登場するシーンです。

屋上の王国への入国審査を終え、与えられたテントで仮眠を取った英雄たちは18時の夕食とその後の「定例集会」のために呼び出されます。

集会では伊浦と並ぶもう一人の支配者「サンゴ」が登場し、一方的なペースで英雄と荒木の紹介を終えたあと、「今夜の議題」に入りました。

ここで登場したのが二人の少女です。いかにも軽佻な外見の二人はいかにも浮薄なセリフでサンゴを支持します。

少女の汗1[9頁上段]

同じページ下段のコマも、セリフだけ読めばアーパーなグルーピーそのものです。

少女の汗2[9頁下段]

しかし注意して読めば、上段のコマと下段コマには見過ごすことのできない差異があることに気がつきます。それが二人の少女の顔に描かれた数滴の汗です。

見やすいよう、少女の顔を拡大してみます。

少女Aの汗2    少女Bの汗2

記号としての汗は、端的には内心の動揺を表します。しかし二人の少女の見開いた目、引きつった笑顔をあわせて読めば、二人はその語る能天気なセリフとは裏腹に、動揺どころか不安、あるいは不安以上の恐怖に近い感情を抱いたことがわかります。

上段のコマでは描かれていなかった汗が、下段のコマでは描かれている。つまりその間に少女たちの心に不安、あるいは恐怖を引き起こす何かがあったということです。

その間にあるのはサンゴのセリフの次のくだりです。

『俺、無職だけど「働かざるもの食うべからず」ってスゲェ思うわけ』
『つーことで今夜のお楽しみは簡易裁判だぁ。』

この中で少女の表情に汗を持たらしたのは、間違いなく簡易裁判というセリフでしょう。

もちろん簡易裁判という言葉自体には、なんら不安も恐怖も呼び起こす要素はありません。したがって少女たちが簡易裁判という言葉に不安を感じたのであれば、それが単なる司法手続きではなくて何か酷薄な行為であることを(すでに)知っていることを意味します。

さらに少女たちの感じたのが恐怖であるとすれば、それはすなわち自分たちもその対象になるかもしれないという恐怖です。

サンゴが「ケータイもってきて?」と言ったとき、少女たちが競ってその命令に従おうとしたのも、決してサンゴに私淑しているわけではなく、私刑への恐怖から必死に恭順の意を示そうとしたに他ならないでしょう。

わずか数滴の汗を描き加えることで読者にこれだけのことを悟らせるのは、漫画の記号の持つ力であり、作者の力量であると言わざるを得ません。



さて、この直後、実際にサンゴたちは即決簡易裁判を行い、田澤老人が私刑により地上に落下させられます。また73話では、藪が「屋上にはもっと女の子がいたんだ。今は順々なバカ女だけがだけ残っている」と語ります。

花沢漫画の基準からすれば、老人の私刑も、藪の語りもむしろ冗長な描写に思えます。この二つの描写が無くとも、少女の汗がそれを充分に語っているからです。

この二点の描かれたのは、田澤老人の転落がその後のエピソードに繋がり、藪の語りが藪自身の置かれた立場の説明のために必要であったからにすぎないでしょう。

なお、少女たちが入念に化粧して登場したのはこの時だけで、その後の屋上ではずっとスッピンで過ごしています。夜のとばりに開かれたこの集会に少女たちが呼ばれたのが、本来は簡易裁判の傍聴人としてではないことは明らかです。

力の論理の支配する屋上の王国では、比較的年長の藪にもそれはどうにもならないことでした。


[トップへ]

dummy